以前PETMに関しては適当な日本語の総説がないと述べたが実は長谷川の素晴らしい総説があった。これはCIE(12Cに富んだ炭素の急激な流入)を中心に述べたものであるが、よくまとまっていて、PETMの全体像をつかむには最適であろう。ここでは真のCIEの大きさについて詳しく論じられている。
まず浮遊性有孔虫の個々の個体を用いた分析ではCIEの大きさは3.5~4.0%とされている。また植物バイオマーカーからは5.1%程度のCIEの規模が得られておりこれが真のCIEの大きさだとすると温度効果やpH効果を考慮しても浮遊性有孔虫では5.5%程度のCIEが記録されるはず。このかい離を説明するために以下のような説明がなされている。
一つ目は温暖化および湿潤化によって植物バイオマーカーの同位体分別が大きく出てしまったとする。(つまり浮遊性有孔虫の方が真のCIEである)
二つ目はPETM時の植生の変化によって植物バイオマーカーのCIEが大きくなったとするものである。現生の場合針葉樹より被子植物の方が13Cの割合が小さいのでPETMによる温暖化で針葉樹から被子植物への植生の変化が起こったため、見かけ上植物バイオマーカーのCIEが大きくなったと考えていうものである。
最後に現生の針葉樹と被子植物の同位体分別の違いは低CO2環境に特有の現象であり、高CO2濃度であった古第三期には当てはまらないとして、植物バイオマーカーこそが真のCIEの値を示しているとしている。長鎖n-アルカンに4.5%(C29)から6%(C27)のCIEの記録がみられ浮遊性有孔虫のpH効果を加味した4.5%と一致するという報告がある。
以上この論争はこれからも活発に続いていくものと思われる。
しかし、残念ながらこの総説には個人的に気に入らない部分がある。
「CO2による強い温室効果が生じたことがPETMの原因と考えられている。」
思わず、何言ってんのと突っ込みたくなる。
「これまで「PETM研究は地球の将来予測につながる」という文言は論文を飾るための胡散臭い美辞麗句に過ぎない感があったが」
その通り!と賛成したとたんに
「今後10年で「重量感を伴う真実味のある言葉」として受け入れられるようになるだろう。」
だって。
さらに気に入らないのは2007年末のSluijs論文が引用されていないことである。長谷川論文の提出は2008年10月20日となっている。ならばSluijs論文には十分に間に合っており、この論文さえ引用していれば「CIEはPETMの結果」であることが明らかである。なぜ無視したのか著者に直接尋ねてみた。
「私の総説は、Sluijs論文が出る前の有機地球化学会における講演を土台として書き上げたもので、その時点で議論に含めていなかったために落ちていると思います。意図的に引用しなかったわけではありません。」
とのこと。まあ2008年の論文が引用されてはいるが、ここは著者を信じることにしよう。しかし、原因と結果は卵とニワトリの関係で、最初に火山噴火などで少量のCO2濃度上昇がありそれが温度上昇を招きメタンハイドレートの融解云々とも述べている。以前に述べたNisbetらと同様のこじつけ論である。どうしても「温室効果で温暖化」という先入観から抜け出せない研究者がここにもいるようだ。堆積物が明確に事実を語っているにもかかわらず・・・・である。
[6回]
PR
COMMENT