地質時代の境界において生物の大量絶滅がみられる、というより我々が化石記録から生物の入れ替わりを目印として地質時代を区切っているというほうが正しいか。一般に五大絶滅事変と呼ばれているイベントがある。古い順に古生代のオルドビス紀-シルル紀(O/S)境界、デボン紀後期のFrasnian-Famenian(F/F)境界、古生代と中生代の境界をなすペルム紀-三畳紀(P/T)境界、中生代の三畳紀-ジュラ紀(T/J)境界、そして中生代と新生代の境界である白亜紀-第三紀(K/T)境界である。このうちK/T境界については
最近、隕石衝突による絶滅と結論付けられている。しかし他の4つのうちT/J境界を除く3つの絶滅の原因として考えられているのが海洋無酸素事変(Ocianic Anoxic Events;OAEs)である。
石浜によるとOAEsは有機物に富む葉理が保存された黒色頁岩が全世界的に同時期の堆積をもって定義される。これは酸素不足によって有機炭素が分解されず、また堆積物中に生物がほとんど存在しないため生物擾乱が認められないためである。持続時間は短いもので数十万年から最も長期にわたったと考えられているP/T境界では1千万年とされている。OAEsの原因としては「もともと無酸素状態が存在したために大量の有機物が残った。」とするpreservation modelと「一次生産の増加により分解能力を超えた大量の有機物が供給され二次的に無酸素状態になった。」というproductivity modelがある。おそらく個々のOAEsでその原因は異なるであろうと思われる。またOAEsでは12Cに富む有機炭素が大気-海洋系から隔離されることになるので炭素同位体比δ13Cは正の方向に移動する。
以前
ETM2における北極海での変化について述べた。急速な温暖化の結果、降水量や河川から淡水流入が増加して水柱の成層化が起こり、これに一次生産の増加も加わり底層水の無酸素化が引き起こされて北極海で大量の有機炭素が埋没したことを述べた。CIEによって負移動していたδ13Cがゆっくりと回復する(正の移動)過程だ。これはtailと呼ばれている回復過程である。Sluijs らは
PETM時には北極海だけで800GtCもの有機物が隔離されたと推定している。これはETM2だけではなくPETMやすべてのPETM-like温暖化イベントでも同様に起こったと推定される。すなわち何が言いたいかというと、PETM-likeイベントの回復過程というのはそこだけを切り離せばOAEsとも考えられるし、逆にOAEsとして理解されているものの中にもPETM-likeイベントの回復期を捉えているものがあるのではないかということである。
OAEsの直前に急激なCIE(δ13Cの負移動)が見られること、そして
CIEに伴って(先立って)温度上昇を示す証拠(δ18Oの負移動など)が存在することがその条件となると考えられる。OAEsをよく見直せばPETM-likeイベントは珍しいことではなく、地球の歴史上ある一定の条件において繰り返し起こっているのではないかと私は考えている。
従来より良く研究されているOAEsのひとつにジュラ紀前期のToarcian Oceanic Anoxic Event(以下TOAE)がある。これはおよそ1億9000万年前の中生代、ジュラ紀前期のToarcian期に起こったOAEである。
1997年Jenkyns & ClaytonはこのTOAEに先立つδ13Cとδ18Oの負移動を認めTOAEの前に海水温のピークが存在したとしている。これはPETM-likeイベントを示唆している可能性が強い。2006年秋のAGUミーティングで
CohenらはTOAEとPETMの類似性を指摘した。さらに
2007年には「
炭素同位体比の変動」「
著明な生物学的絶滅」「
顕著な温暖化」「
水文学的循環の増強」「
全世界的な海洋無酸素事変」の五つの共通項をあげてこれらは環境変化に続いて起こるメタンハイドレートの融解によって説明できるとする論文を発表し、
熱い論争を巻き起こしている。もちろん私は彼らを支持する立場である。
図はSvensmark Cosmoclimatologyから改変
この図はSvensmarkの有名な論文Cosmoclimatologyから拝借し私が改変したものである。彼の宇宙線が雲を介して地球の気候に影響を与えるという仮説によると、太陽系が約2.5億年かけて銀河系を1周する間に星の密な銀河の腕と星がまばらな腕と腕の間を通過するときは宇宙線の量の違い(腕の時、宇宙線↑)によって気候が変わるという。そしてひとつの腕に入ってから次の腕にはいるまでの期間はおよそ1億4300万年という。さらに長期間宇宙線量が少ない期間を経過した太陽系が次の銀河の腕に突入する直前が一番地球の気温が高くなるのではないかとSvensmarkは推論している。図を見るとPETMおよびTOAEは共にその時期に一致していることがわかる。(ただし海水温の変化とは一致せず)またデボン紀後期に起こった5大絶滅事件のひとつF/F境界を参考までに図示している。これもまた時期は上二つに一致しているようだ。もちろん偶然の一致も否定はできない。さらにこれらの特徴や間隔をまとめたものが次の表である。
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推定開始時期
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間隔
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温暖化・δ13C負移動
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F/F境界
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約3億6700万年前
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不明
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TOAE
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約1億9000万年前
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1億7700万年
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有
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PETM
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約 5550万年前
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1億3450万年
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有
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TOAEとPETMの間隔は約1億3450万年とSvensmarkの推定にほぼ一致している。またF/F境界のOAEがPETM-likeイベントと言えるのかどうかはデータ不足で不明だが、F/F境界とTOAEの間隔は1億7700万年とSvensmarkの推定値よりはやや長いようだ。何といっても推定値自体が荒っぽいので誤差の範囲と言えなくもない。今後のCohenらの議論のゆくえとF/F境界研究の進展に期待しよう。
このような壮大なスケールの地球の気候史に触れると、枝葉末節、重箱の隅をつつくような「温室効果ガス」にこだわった現在の二酸化炭素温暖化説などはゴミのように思えてくる。そうするとありもしない危機を煽って研究費をかすめとっているモデラーをはじめとする研究者はさしずめゴミにたかるハエといったところか。(笑)
参考論文など
Svensmark,H:Cosmoclimatology: a new theory emerges Astronomy & Geophysics 48 (1), 1.18–1.24.(2007)
Svensmark,H & Calder,N:The chilling stars(2007)
[16回]
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COMMENT
BudykoからSvensmarkへ
そういえば、2000年代に入って世間が地球温暖化論に席巻される前は、地球科学の分野ではCO2こそが地球の気候を駆動している、というのが定説でしたね。脅威論が広まってから地球科学分野ではCO2濃度と気温との因果関係を否定、もしくは小さいとする説が主流になっているのは何か皮肉を感じます。
1990年代初めごろ、Budykoら著『地球大気の歴史』を何度も読みましたが、これは今からすれば時代遅れも部分もたくさんあるのですが、地球史への壮大な視点を与えてくれるのでは画期的なものでした。1990年代まではいろいろな本、論文にBudyko推定のCO2濃度と地球の温度の表が引用されていましたが、最近全く見かけなくなりました。
続いて、主流になってきたのはBernerのCO2変化のグラフで今はこれが多くの資料に引用されているようですね。このグラフを見たとき、地球の気温とCO2濃度の対応がかなり崩れているな、と思いました。そして、数年前にはSvensmark、Shaviv、Weizerらの論文が出てきました。今、私はCO2濃度はBerner、地球の気温変化はSvensmarkらの説に依っている、という感じです。さて、Svensmarkらの宇宙線と海面水温のグラフは一致度が極めて高いものですが、一つ一つイベントの原因は大陸移動の兼ね合いなどと仔細に検討する必要がありそうです。たとえば、それでは顕生代最大の絶滅イベントであるP-T境界の絶滅を説明できません。私が特に興味をもっているのは新生代氷河期の前回、石炭紀‐ペルム紀の氷河期(Kaloo ice age)と前々回オルドビス期末氷河期(Andean-Saharan ice age)です。私はO/S境界の絶滅に関しては、急激な氷河発達と超新星爆発による、という論文を見たことがあるので、星の多いところを通過したことによる寒冷化と、当然そのような領域では太陽系近傍での爆発に遭遇する確率が高くなるので、そのように解釈していました。
Re:BudykoからSvensmarkへ
>1990年代初めごろ、Budykoら著『地球大気の歴史』を何度も読みましたが、これは今からすれば時代遅れも部分もたくさんあるのですが、地球史への壮大な視点を与えてくれるのでは画期的なものでした。1990年代まではいろいろな本、論文にBudyko推定のCO2濃度と地球の温度の表が引用されていましたが、最近全く見かけなくなりました。
>続いて、主流になってきたのはBernerのCO2変化のグラフで今はこれが多くの資料に引用されているようですね。このグラフを見たとき、地球の気温とCO2濃度の対応がかなり崩れているな、と思いました。
◆私はBudykoの方は不勉強で存じません。どこかで知らないうちに見たことはあるかもしれませんが。Bernerはどちらかといえば「CO2が気温を決める派」だと考えていますが、どうでしょう?ただ現在これ以上の推定がないのは確かですね。
>私はCO2濃度はBerner、地球の気温変化はSvensmarkらの説に依っている、という感じです。さて、Svensmarkらの宇宙線と海面水温のグラフは一致度が極めて高いものですが、一つ一つイベントの原因は大陸移動の兼ね合いなどと仔細に検討する必要がありそうです。
>それでは顕生代最大の絶滅イベントであるP-T境界の絶滅を説明できません。
◆確かにそうですね。数年前にP-T境界と同時期の隕石跡をオーストラリア北部で発見という論文がありましたけど、それとOAEがどう結びつくのかとか詳細は不明ですね。海保さんとかは硫黄の同位体比が変化しているといっていますけど、全体像は依然闇の中です。
>私が特に興味をもっているのは新生代氷河期の前回、石炭紀‐ペルム紀の氷河期(Kaloo ice age)と前々回オルドビス期末氷河期(Andean-Saharan ice age)です。
◆Svensmarkは中生代にも氷河期があったと言っていますね。
>私はO/S境界の絶滅に関しては、急激な氷河発達と超新星爆発による、という論文を見たことがあるので、星の多いところを通過したことによる寒冷化と、当然そのような領域では太陽系近傍での爆発に遭遇する確率が高くなるので、そのように解釈していました。
◆私はその論文は読んだことがありませんが、リーズナブルな推論だと思います。超新星爆発に特異的な鉄の同位体などがそのころの地層から発見できるかどうか、(もしかして半減期の問題があるかも)とか考え出すときりがありません。少なくとも温暖化問題にかかわるよりははるかに夢があって楽しいですね。今はこういう地質学や地球科学自体が斜陽分野ですので議論できる方が少ないのが残念です。今後ともよろしくお願いします。